ブログを書き始めて 11年たちますが
今でも 言葉が すぐに浮かばず
1つの記事に 3時間以上 かかります。
「書く言葉」より さらに
「話す言葉」は 出てこなくて
すぐに 返答できなかったり
途中で止まることも 多く
あいさつ程度の 会話でも
実は ものすごい 頭を使って
エネルギーを 消耗しています…
頭の中の 「考え」や
心の中の 「思い」を
<言語化>することが
実は 苦手なのではないかと
この歳になって
気づくようになりました。
お祈りも たいてい
言葉が 途切れ途切れです。
神様に 伝えたいことや
教えてほしいことは
たくさん あるはずなのに
「考え」や「思い」が
それぞれ 球体のように
ぷかぷか 浮かんでいて
それを 眺めながら
うまく 表現できないまま
お祈り 終了時間です。
「まったく 神様に
届いた気が しない…」
と 思うしかないのですが
こんな たどたどしい
うまく 話せない
むしろ 話していない
無言の お祈りを
神様は ちゃんと
聞いてくださっている
そう 思うことがあります。
家族と ずっと一緒で
家族を 支えること 優先で
家族の前で
自分のやりたいことが
なかなか できない
そんな 悩みを 抱えつつ
神様へ 伝えることが
うまく できなくて
「今日の1日
神様の心で
家族を 愛せますように」
言葉に できたのは
この一言ぐらいです。
その日は 1日中
主人が家にいる 予定でしたが
ある電話で 急遽
出かけないといけなくなり
午後 ポッカリ
ひとり時間が できました。
ビックリでした。
たしかに その日の朝
お祈りしたけれど
「思い」だけで
「言葉」にできなかった
ひそかな 願いを
神様は 聞いてくださった
そう ハッキリ 感じました。
書いたもの 話したもの だけ
「言葉」として 認識される
そう 思っていたけれど
もしかしたら
「言葉」にならない
「考え」も 「思い」も
「言葉」になる前の
「ことば」として
存在しているのかもしれません。
御言葉を学んで
神様のことを 知るほど
不思議で 新鮮で 明るくて
固定枠が 外されるような
感覚を 覚えます。
話すことが 苦手でも
「言葉」が 足りなくても
神様は きっと
その人 その人の
心を まるごと
受け取ってくださっている
そう 信じます。
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投稿者プロフィール
- 青森→兵庫在住。17歳の娘のおかあさん。結婚してから摂理に出会いました。いつか主人にも御言葉伝えたいな☆
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