神様のいない芸術の「限界」

ダンスサークルに入っている後輩の卒業公演を見てきました。

かなり規模の大きなサークルで、会場は満員御礼、とってもにぎわっていました。

やっぱり、今も昔もダンスという芸術には人を引き付けるものがあるのでしょう。

 

一緒に来ていた摂理の姉妹が言うに、

卒業公演というものは丸1年かけて構想を練って振付をし、作り上げるものなのだそうだ。

学ぶべきところは持ち帰れたらと思い、一つ一つのステージが一体何を表現したいのか、

その中心を(勝手に)分析しながら見ていました。

 

約2時間にわたる公演は、技術もすばらしくて演出も作りこんでいて、

かなり圧巻、といえるものでした。

 

でも、一つ一つの「核」を見ると、

「苦悩」 「虚しさ」 「別れ」

「現実を離れたい思い」

そういったネガティブ要素が現れている作品が多かったように感じました。

そして、これらはダンサーたち、

もっと言えば世の学生たちの

心の実相を反映しているようにも思えたのです。

 

 

せっかくすばらしい技術があるのに、感謝や喜びを与えてくれるような作品が少なかったことが、

何だかとても心痛かったです。

この芸術が聖三位に向かうならば、どれほど輝きを放っていただろうか。

 

同じようにたくさん時間を投資しても

聖三位神様を考えるかそうでないかで、その運命が左右される。

神様が芸術の根本でいらっしゃるからだ。

 

舞台に向けて未練なくやってきても、

将来に対する不安、生きることの虚しさ、

そういった人生の問題が心を覆っている。

その不安が、ダンスからも拭い切れない。

それは結局、神様を意識できず行う芸術の「限界」といえるかもしれない。

 

神様を褒めたたえ栄光を帰する真の芸術は、

すればするほど感謝と喜びが心から満ち溢れます。

自分が満ち溢れているから、見る人にも与えることができる。

神様が自分のことを愛おしくご覧になっていると思うだけでも、

苦悩や虚しさなど思い出すこともなく、個性を発揮したすばらしい演技が出てくるでしょう。

 

自己満足にならず何か一つでも与えることのできる芸術を生み出すために

まずは芸術人たちが目を覚まして、

この美しい人間を創造なさった神様を正しく知るようになることを切実に祈ります。

 

投稿者プロフィール

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saku
千葉大学→同大学院理学研究科卒/群馬出身、東京在住の新米ママ
教会では子供たちのバトンの先生をしています。
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