天空のカフェと摂理芸術のはじまり*

スマホの写真を整理していたとき。

去年家族で訪れた妙高高原の写真が出てきました。

雲海の上にある、天空のカフェでの1枚(*^^*)

山の高みを開発してカフェを作るという構想が素敵!他にも散歩ができるコースやお花畑があって、とっても綺麗な場所でした♪

この高原が、

鄭明析(チョンミョンソク)牧師が摂理で芸術の部署を始めるきっかけとなった場所と重なるようになり、

そのエピソードを思い出すようになりました。

 

鄭明析牧師のお弟子さんが、このようなとある景色のよい場所を訪れたことから始まります*

 

「本当に綺麗なところだな、先生にもぜひお見せしたい。」

お弟子さんはそのような感動(インスピレーション)を受けられたそうです。

 

早速、お弟子さんは鄭明析牧師に電話をかけました。

「先生、本当に景色が綺麗なところがあるから、今から先生も来ませんか?」

 

当時、鄭明析牧師は執筆活動で忙しくされていました。

「あー、でも先生は今忙しいから、、また今度にしよう。」

最初はそのように話して、電話を切ったそうです。

 

それでも、そのお弟子さんはどうしてもこの場所を先生に見せたいと強く思ったそうです。

お弟子さんはまた先生に電話をかけました。

「先生!本当に綺麗なところなんです!先生にぜひとも来て欲しいんです!」

 

しきりにそのように話すから、弟子がそこまで言うならと心を動かされたそうです。鄭明析牧師も手元の仕事を止めてその場所へ向かいました。

 

言われた場所に着いてみたら、そこは高原でした。

涼しい気候で、作物はジャガイモくらいしか育たない土地。そんな見所のなかった土地を、観光地として開発した場所でした。

 

鄭明析牧師は何かあるたびに弟子たちを労って、必ずおみやげを下さる方なのですが、

(今もそのようにしてくださる真心は変わりません♪)

この時も、せっかく来たから弟子たちに何か1つでもと、売店に入ったそうです。

すると、心に聞こえてきた声がありました。

 

「屋上に行きなさい」

 

何だろうかと思いながら声の通りに、売店の屋上に上ってみると。

そこは展望台のように高原が見渡せるようになっており、

 

目の前には、本~当に素晴らしい景色が広がっていました。

元々のジャガイモ畑の姿は想像ができないほど、綺麗で素敵な姿でした。

その時、神様からの声がはっきりと聞こえてきたそうです。

 

「人間開発だ。」

 

ーそうだ、元々は見所のないジャガイモ畑を素敵に開発するように、人間もこのようにこうだ。

誰が、ジャガイモ畑を見にわざわざここに訪れるだろうか。

 

そういう場所でも、素敵に開発したから、人々がその美しい景色を見に訪れるようになったのではないか。

 

人間も「開発」をしてこそ、その人から来る感動を求めて人々が集まるようになるのだ。

神様がくださった材料をもって、「開発」してこそ人間は素敵なのだ。

 

ああ、弟子がしきりに誘うから来たけれど、神様が自分にこのことを悟らせるためだったのだな。

 

 

その感動を受け、鄭明析牧師は「人間開発」の場として、自ら芸術の舞台を始められました。

様々な個性を持つ摂理の一人一人が神様に栄光を帰しながら、天が喜ぶように自分自身をもっと開発できる、そのような場になるようにと。

悟りを受けたあの売店で早速買ってきたマイクを持って、時には自ら司会もされたそうです。

 

**

当初の冴えないジャガイモ畑、摂理に導かれる前の私の姿と重なります。

私は元々何もない人間でしたが、摂理で芸術を通して育てていただきました。

芸術の分野の中で信仰を学んだからこそ、開発して作る味を分かって感謝して生きられるようになりました。摂理に来る前の自分からは想像がつかないほどの変化です。

神様が自分に与えてくださった個性という材料をもって、神様の好みに合わせ、自分の内面も外面も磨いて作る人生の味は最高です(*^^*)

仮に鄭明析牧師ではなく他のメンターに出会って学んだとしても、私は自分の真の個性を見つけられなかったと思います。肉的に見たら、私に芸術をやらせようとした人はいないと思いますから。笑

外見ではなく中身・中心をご覧になって導いてくださったからこそ、個性を開発しながら成長することができました。

 

そもそも宗教の組織として芸術の部署って、

伝統的なキリスト教での聖歌隊くらいでなかなか無いのかもしれませんが、

(それを他の教団やメディアが引き合いに出して批判されたこともありますが)

神様を褒め称える方法は時代が発展するに合わせて発展して然るべき、そうあるべきと私は思うのです。

ちなみに女性だけでなく男性の部署もありますよ♬

 

聖三位の構想をこの地上に表す摂理の芸術、今は大きな舞台を作れるほどに壮大に雄大になりました。

芸術の世界を見ると、開発された通りに技術の次元は高くても互いに競い合うから殺伐としていて、打ち勝ったとしてもその先のビジョンが見えなかったりしますが、

摂理の芸術は一人一人が個性の王となり、かつ主を頭に1つになる、平和と調和が成された希望に満ち溢れる芸術です。

永遠でいらっしゃる聖三位に栄光を帰すから、その芸術も永遠に残るものです。

 

摂理とはどんなところかと芸術の側面で表現するならば、

 

神様が自分に下さった宝、その個性を発掘し開発し、天の前で永遠に残るようにしてくださる場所。

 

鄭明析牧師のエピソードと自分の実体験を通して、私はそのように証をしたいです☆

 

1月は新しい年の始まりに感謝して、神様に栄光を帰す栄光月間☆

芸術でも神様に感謝を捧げる美しい姿が、天の前にたくさん溢れることを切に願います(*´▽`*)♪

投稿者プロフィール

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saku
群馬出身、東京在住の新米ママ
大学生の時に摂理に出会い、現在は夫と子供たち(2歳0歳)と4人暮らし。
仕事は研究職、教会では子供たちのバトンの先生をしています。
好きなことは食べることとパッケージ裏の成分チェック。食品と、最近は化粧品も見ます☆
サイト管理人です。リクエスト等お気軽にどうぞ(^-^)
@sukusukunokumo

漢方の力+運動=ポカポカ☆

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