考えを「掛ける」のが良い。

鄭明析(チョンミョンソク)牧師はよく御言葉の中でこのようにおっしゃいます。

 

「考えを神様に掛けておきなさい。」

 

服をハンガーに掛けるように、心を空けて考えを神様に委ねなさいということです。アーメン。

 

しかし、あまのじゃくな私はこう思ってしまった。

考えを神様と一体にしようということならば

「掛ける」じゃなくても、

「貼る」とか「かぶる」とか「着る」とか

他の表現でも良いんじゃない?

何でわざわざ「掛ける」なんだろう~?

私自身が服をハンガーに掛けるシーンを考えてみると、「職場」が浮かびました。

制服(作業着)で仕事をするので、各自自分のロッカーにハンガーで制服を掛けておくのです。

 

しかし、、特定の数名、男性社員、

制服ぜったい掛けてないでしょ!という人がいます。

 

なぜそれが分かるかというと、

その人たちの制服がいつもしわくちゃだから(^^;)

 

女性陣はたまにその人の制服をネタにツッコみますが、当の本人たちは全然気にしていない様子。私だったら制服がしわくちゃだったら気持ち悪くて仕事にならないけどなぁ。

脳が考え慣れている通りに、行いもそのようになってしまうのだと思いました。

 

このように、

考えを神様に掛けている人からは、掛けていない人が一目瞭然なのだな。

掛けるか、掛けないか。慣れた通りに続けて行うのだな。

服も掛けておかないと、踏みつけられ、物の下敷きになってしまって、どこにやったのか見えなくなってしまう。でも、掛けておけばすぐに目に見え取り出せるように、

考えを神様に掛けておけばいつも神様の考えがどこにあるのか見えるようになるのだ。

考えを神様に掛けること、ちゃんと習慣にできてるかな。もっと習慣にしよう!

制服を掛けない人を見ながら、様々に気付くことがありました。

 

同時に、「掛ける」という言葉が、神様と考えを一体にすることについて一番多用に表せる動詞だったんだ!と気付きました。

他の単語では、ここまで多用な気付きはできなかったと思います。

 

おお、だから他の何でもなく「掛ける」なのか!

 

この御言葉の表現の絶妙さ。

あまのじゃくsakuは今回もやはり屈服するしかありませんでした。悔い改めると共に、絶妙に的確に神様の御言葉を伝えてくださっていることが面白く感じ、摂理の御言葉に出会わせてくださったことに改めて感謝しました。ハレルヤ(^-^)✨

 

 

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saku
群馬出身、東京在住の新米ママ
大学生の時に摂理に出会い、現在は夫と子供たち(2歳0歳)と4人暮らし。
仕事は研究職、教会では子供たちのバトンの先生をしています。
好きなことは食べることとパッケージ裏の成分チェック。食品と、最近は化粧品も見ます☆
サイト管理人です。リクエスト等お気軽にどうぞ(^-^)
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